日本の美容史2
前回は 1970 年代から 1990 年代まで、日本の化粧品と「美の常識」がどのように変化してきたのかをご紹介しました。 2000 年代に入ると、美容の変化はさらに速度を増しました。この 20 年間を化粧品 OEM の立場から振り返って感じるのは、メーカーが美の正解を教える時代ではなくなったということです。王政から多数の有識者が見解を出し合って、方向性を切り開くようになるイメージです。 「目を大きく見せたい」という市場の巨大化 2000 年代のメイクを象徴するもののひとつが「デカ目」です。目を少しでも大きく印象的に見せるため、さまざまな商品やテクニックが登場しました。マスカラを何度も重ね、ファイバーが多く入ったまつ毛を長く見せるタイプも人気が出ました。アイラインは目のぎりぎりまで描ける筆先が開発され、つけまつげも様々なバリエーションが発売されました。また、カラーコンタクトもまるでメイクグッズのように扱われるようになりました。 その後しばらくはアイメイク全盛期で、リップメイク品の伸び悩みがありました。でも先見の明がある人々はぷっくりボリュームミーな唇をつくるリッププランパ―を企画していました。ディオールのリップアディクトがヒットした時に、ふっくらリップが求められていることをが、世界中に知れわたりました。今振り返れば少し懐かしく感じるメイクもありますが、ここから生まれた巨大な市場があります。これは商品開発にとって非常に重要な事例です。強い悩みや願望があるところには、複数の商品カテゴリーが生まれる。一つのニーズから、一商品ではなく「市場」そのものができるのです。 化粧は実験という概念 雑誌のメイク特集には思い切った提案が紹介されました。この頃から、手頃な価格で購入できる化粧品の選択肢も増えていきました。高価な化粧品を大切に使うだけではなく、プチプラだからこそできるメイクが生まれました。その時になりたい顔になるとい感覚は化粧品がファッションに近づいたとも言えるでしょう。ここから商品のライフサイクルも短くなり、メーカーには以前より速い企画力が求められるようになっていきます。 韓国コスメ「かたつむりと蛇」 2000...